建設技術図鑑

曳家(ひきや): 建物ごと動かす技術

建物を解体せずに持ち上げ、水平移動する曳家。公共用地の補償基準、旧グランドプリンス赤坂旧館などの事例、発注時の確認表を解説します。

更新日
2026年7月11日
読了目安
12分
テーマ
保存・移転・基礎工事
建物を仮受けし、レールと油圧ジャッキで新基礎へ水平移動する曳家工事の工程図仕様

家を壊さず、丸ごと別の場所へ動かせるのか

建物は土地に固定されているように見えます。それでも条件がそろえば、建物を持ち上げて横へ動かせます。

曳家は、道路拡幅、区画整理、浸水対策、文化財の保存で力を発揮してきました。

動かす対象は木造住宅だけではありません。計画と仮受けの精度があれば、重い建物も保存の選択肢に入ります。

なぜ解体して建て直さず、動かすのか

古い建物には、材料、意匠、記憶、使い続けたい機能が残ります。敷地の一部を道路へ譲るだけなら、建物を残地へ移す方が合理的な場合があります。

国土交通省の損失補償の運用方針は、建物と敷地の関係、構造、用途、部材の希少性などを踏まえ、曳家が合理的な場合に曳家工法を採用すると示します。

もちろん、残せば常に安いわけではありません。傷み、設備、基礎、周辺空間まで調べ、再築と比べて判断します。

曳家では、建物をどう持ち上げて動かすのか

曳家は、建物を仮受けして持ち上げ、レールや鋼材の上を水平移動させ、新しい位置の基礎へ据え直す工法です。定義はこれで十分です。

最初に構造と傷みを調べ、移動中に力を受ける梁や土台を補強します。建物の下へ鋼材を通し、ジャッキで荷重を受け替えます。

移動経路にはレールや滑り材を設け、油圧ジャッキなどで少しずつ引きます。移動後は新基礎へ荷重を戻し、水平と建具の状態を確認します。

  • 仮受け建物荷重を一時的に鋼材やジャッキへ移す作業です。
  • 揚家建物を持ち上げ、基礎の改修や移動の空間をつくる作業です。
  • 曳き込みレール等の上で、計画した位置へ水平移動する作業です。
  • 据え直し新基礎へ荷重を戻し、建物の状態を整える工程です。

動かす距離よりも、建物の荷重がどこを通るかが重要です。古い建物ほど、見えない劣化を先に把握します。

どの建物が移動して保存されたのか

旧グランドプリンスホテル赤坂旧館

間瀬建設は、旧グランドプリンス赤坂旧館建物移動工事を施工事例として公開しています。鉄筋コンクリート造一部木造、地上2階、建築面積947m²の建物を対象にしました。

大きな建物の保存では、移動中だけでなく、新しい場所でどう活用するかが工法選定の前提になります。

旧栃木県庁舎の玄関部分

間瀬建設は、県庁舎新築に伴い、旧栃木県庁舎の玄関部分を保存活用のため移動し、免震化した事例も公開しています。

保存と耐震性能を同時に扱うため、単に横へ動かす工事では終わりません。既存部の価値と新しい安全性能をつなぐ仕事です。

熊本大学病院 山崎記念館

日本曳家協会は、熊本大学病院の山崎記念館移動工事を施工例として掲載しています。地域の建物移転は、保存、再配置、敷地利用を一緒に考える契機になります。

曳家の実例は、住宅だけに限りません。残す理由が明確な建物ほど、構造調査と活用計画が重要になります。

面白さは、建物を静かに「荷物」に変える点にある

建物は普段、基礎に載り、地盤と一体で立っています。曳家の期間だけ、建物は仮設材、ジャッキ、レールの上に載る巨大な荷物になります。

しかし荷物として乱暴に扱えば、壁、建具、屋根、設備が傷みます。少しずつ荷重を移し、位置と傾きを測りながら動かします。

この繊細さが、古い建物を次の場所へ渡す技術になります。

動かす前に建物の何を記録するのか

曳家の調査では、建物の重量だけを測りません。柱、土台、梁、屋根、外壁、建具、設備の状態を写真と図面で記録します。

既にあるひび割れと、施工中に生じた変化を区別するためです。移動中は傾きや変位を測り、決めた値に近づけば作業を止めます。

水道、ガス、電気、排水、通信の切り回しも早く決めます。建物の移動は短期間でも、復旧まで含めると複数の専門工事が関わります。

文化財や歴史的建物では、保存担当者との合意も要ります。補修できる範囲、残す部材、記録の方法を工事前にそろえます。

移動経路の地盤も調べます。レールの下が沈めば、建物の傾きが変わります。必要なら敷鉄板や地盤対策を計画します。

発注前に移動計画の何を確認するか

確認項目確認する理由
構造・劣化調査移動中に力を受ける部分の補強計画を決めるため。
重量と荷重経路ジャッキ、仮受け材、レール、地盤の能力を確かめるため。
移動経路電線、樹木、隣地、道路、高低差、作業空間を確認するため。
新基礎移動後に長く使うための支持、耐震、排水条件を整えるため。
設備の扱い電気、ガス、水道、排水、通信を安全に止めて復旧するため。
計測・異常時対応傾きや変形を監視し、停止基準を明確にするため。

見積もりでは、移動距離だけを比べません。調査、仮設、基礎、設備復旧、補修、周辺調整まで内訳を確認します。

許可業種から候補をどう探すか

曳家は専門性の高い工事です。建物移動の実績を第一に確認し、建築、仮設、基礎を連携できる会社を探します。

参考にした技術資料

よくある質問に答えます

住んだまま曳家できますか?

建物条件と移動計画によります。居住を続けた施工例もありますが、設備の切り回し、避難、振動、仮設、工程を踏まえて専門家が可否を判断します。

どんな建物でも動かせますか?

動かせません。構造、劣化、形状、重量、周辺の空間、新しい基礎、文化財的価値を調査し、再築や改造を含めて合理的な方法を選びます。

建物を動かした後に耐震補強できますか?

できますが、移動と補強は別の検討を要します。新基礎、接合部、必要な耐力壁や金物、設備復旧を一体で設計します。